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2009年07日01日 up

長尾裁判清水意見書に対する公開質問状(2009年6月17日)

 高木学校は東京電力等の原子力発電所で被ばくして多発性骨髄腫になり、労災認定された故長尾光明さんが、東京電力を相手に提訴した裁判(長尾裁判)を当初から支援してきました。その経緯は高木学校通信やこのWEBのコラムでも紹介しておりますので参考にしていただければ幸いです。

 裁判は残念ながら東京地裁、東京高裁で原告敗訴になりました。裁判で争われていたのは2点すなわち、長尾さんが多発性骨髄腫であったかどうか(診断論)と多発性骨髄腫と被ばくの関係(因果関係論)でした。東京地裁判決はその両者とも否定しました。しかし、高裁では”長尾さんは多発性骨髄腫であった”と原告側の主張を明確に認めました。そのため最高裁では因果関係について争われることになります。

 東京地方裁判所松井英隆裁判長が言い渡した判決、”長尾さんは多発性骨髄腫ではなかった”の根拠は、東京電力の弁護団からの依頼により提出された清水一之医師の意見書に基づいています。骨髄腫の権威である清水医師は日本骨髄腫患者の会顧問医師としてもご活躍でもありますから、社会的にも患者の側に立つ発言が期待されます。しかし、意見書で清水医師は、多発性骨髄腫患者である長尾さんの診断名自体が間違えである。診断はMGUSと孤立性形質細胞腫の二つの疾患であると主張されていました。この診断は清水医師が日本からただ一人出席された国際骨髄腫作業グループが作成した多発性骨髄腫の診断基準ともご自身で発表された新しい診断基準に関する解説論文とも矛盾するものでした。長尾さんの病気はどう見ても、国際的な診断基準を満たすものであったにもかかわらず、清水医師は専門家であるが故に、専門用語を駆使して、似て非なる診断を下されたことになります。この矛盾に関しては「長尾裁判から見えた市民科学の意義」をご覧下さい。

 その上清水医師は、骨髄腫の国際的権威である米国の二人の教授に、この件が裁判で争われていることも、長尾さんが清水医師の患者でではなく、会ったことも診察したこともないことを伏せてメールを書き、自分の診断に同意を求め、その往復メールを裁判所に提出しました。弁護団は直ちに実情を両教授に知らせました。その結果両教授からは、裁判のことは知らなかったし、メールの返信は患者が清水医師の患者であることを前提としたものであるので、メールを裁判に使うことは承認できない旨返事が送られてきました。

 長尾裁判を支援する会一同は清水医師のこのような一連の行為は医師としての倫理にももとるものだと考えます。そのため専門医としての社会的責任を問う公開質問状を以下の4名の役員にあてて送りました。


骨髄腫専門医の社会的責任に関しての質問

日本骨髄腫研究会 代表幹事 清水一之様
会長   張 高明様
監事   川戸正文様
高木敏之様


 前略。
 突然このような資料と質問状を差し上げるご無礼をお許し下さい。
 私どもは東京電力福島第一原子力発電所等で被ばくし、多発性骨髄腫となった故長尾光明氏が「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)に基づき東京電力を相手に提訴した損害賠償裁判原告の支援者です。長尾氏は大阪千舟病院の高橋医師によって多発性骨髄腫と診断され、厚生労働省の検討会で多発性骨髄腫と被ばくとの因果関係が認められ、2004年1月労災認定を受けました。長尾氏はこの結果を踏まえて、原発で過酷な条件下で働く被ばく労働者の労働災害がこれ以上増えないよう社会的に注意を喚起する目的で東京電力に対し損害賠償請求裁判を起こしました。裁判は、当初多発性骨髄腫と放射線被ばくとの因果関係の有無を巡って争われていましたが、裁判の半ばになって、突然被告である東京電力側から清水一之医師の意見書が提出されました。その意見書の中で、清水医師が長尾氏の疾患は多発性骨髄腫ではないと断定していたことにより、裁判の重点は長尾氏の疾患が多発性骨髄腫であるのかどうかということを巡る論争(診断論)に移りました。このためこの裁判は判決まで3年半以上の長い年月を要してしまいました。清水医師は意見書の中で長尾氏が罹患しているのは多発性骨髄腫ではなくMGUSと孤立性形質細胞腫であると主張しておられます。係争中に骨融解が複数であると認めざるを得なくなると、MGUSと多発性孤立性形質細胞腫が併発していると診断名を変えられました。ここに清水医師の提出された意見書を同封致しますのでご覧下さい。清水医師は長尾氏のケースが裁判で争われていることに触れず、長尾氏が自分の患者であるかのように書いて、Dr.KyleとDr.Roodmanに診断名に関する同意を求め、そのメールと返信も証拠として提出しておられます。( Dr.KyleとDr.Roodmanに清水医師から送られたメールとその返信、弁護団から両教授に送った書簡及び返信も同封致してありますのでご覧下さい。)
 この裁判は東京地裁及び東京高裁で原告側敗訴となり、現在最高裁に舞台を移して争われていますが、高裁では長尾氏の疾患が多発性骨髄腫であることについては、明確に認められています。従って、最高裁では、被ばくと多発性骨髄腫との因果関係の有無を巡る争いだけが争点になっています。この間の経緯は弁護団長である鈴木弁護士が「原子力資料情報室通信」404号2008年2月1日発行)に、また支援グループの崎山が『科学 社会 人間』(103号 38頁から44頁、2008年)に、それぞれ報告を発表しており、同封しましたので参考にしていただければ幸いです。
 長尾裁判の支援者からこのような質問状を日本骨髄腫研究会の代表幹事、会長、監事の諸先生に差し上げるのは、専門医の社会的責任について研究会の先生方にお考えいただきたいからです。本来患者の側に立つべき医師が、ある意味で強大な権力を持つ東京電力側からの依頼を受け、その意に添う意見書を提出されたことを皆さまはどのようにお考えになるのでしょうか。しかも清水先生は患者にお会いになったことも診察されたこともなく、病理標本もご覧にもならず、ただカルテをお読みになっただけで、主治医の下した診断を誤診とし、さらには、ご自身で発表された論文の趣旨に反する主張をも平然と行われました。さらに外国の権威にまで頼り、相手の了承も得ずに往復メールを裁判所に提出し、自らの主張を正当化しようとされました。
 私どもはこの裁判に係わるまでMGUS、孤立性形質細胞腫等聞いたこともなく、多発性骨髄腫もほとんど病名しか知りませんでした。しかし、必要に迫られて清水先生が発表された論文をはじめ、国際骨髄腫作業グループの診断基準も苦労して読みました。清水医師は国際骨髄腫作業グループに日本からただ一人参加されていらっしゃり、Dr.Kyleはその責任者であり、Dr.Roodmanもまたそのメンバーでした。清水先生は新しい国際診断基準を大変な自信を込めて学会誌や商業誌等に紹介しておられます。しかし、同封の意見書ではそれとは全く矛盾したお考えを主張しておられるのです。これを研究会の皆さまはどうお考えでしょうか。
 長尾さんは判決を知ることなく亡くなられました。彼は生前、「多発性骨髄腫の診断は誤診である」とする清水医師の意見書を知り、無念さを隠しきれませんでした。また、崎山の報告を読まれた多発性骨髄腫の患者さんから医師に対する不信感も寄せられています。弁護団からも、この意見書のために、裁判所で本来争うべき争点が大きくはずされてしまい、無益な論争に時間とエネルギーを費やさなければならなくなったことは非常に遺憾であるとの感想が寄せられております。
 日本骨髄腫研究会のHPを拝見しますと清水先生はこの研究会の代表幹事、運営委員、共同研究委員会委員長、診療指針改定委員会委員、事務局担当幹事などを勤められておられます。その影響力のためか、骨髄腫の専門医に清水意見書について助言を求めても応じてくださる医師はいらっしゃいませんでした。医療界の暗部を垣間見たようで恐ろしさを感じずにはいられません。また、清水先生は今後開かれる可能性のある国際会議に日本骨髄研究会を代表して出席されるかもしれません。  この裁判で清水先生の果たされた役割は、清水先生ご自身からは明らかにされないでしょうし、この事実を知っていらっしゃる先生はごくわずかと思われます。しかし、Dr.KyleとDr.Roodmanはご存じですし、Mayo Clinicの総務部は知っています。
 医師が患者の信頼を失ってしまえば、医療は成立しません。近年医学界の不祥事が頻繁にマスメディアに報道され、カメラの前で深々と頭を下げる医師達の姿を見ている市民はやりきれない思いにさせられます。清水先生が東京電力のために提出された意見書は、国際骨髄腫作業グループの成果も、ご自身の発表された論文の主旨も否定するものです。更に言えば専門医としての社会的責任をも踏みにじるものではないでしょうか。会員数235名を擁する研究会の代表幹事として、後に続く若き専門医を育てるべき立場にある方が、このようなことを社会に示して良いのでしょうか。
 日本骨髄腫研究会の責任ある地位におられる先生方が、清水先生の意見書とDr.KyleとDr.Roodmanへのメール提出についてどのようにお考えになるのか、患者への影響をどうお考えになるのか、国際的な信用失墜にどう対処なさるのか、将来的に日本骨髄研究会から同様なことが起きないようにどのような対策をおとりになるのか、ご返事をお願いできれば幸いです。
 大変お忙しいこととは存じますが、ご回答をよろしくお願い致します。ご回答は、下記の連絡先までお寄せ下さい。
 なおご参考までに、崎山の報告は高木学校のWebに公開してありますし、この質問状も公開予定です。


敬具
2009年6月17日
長尾裁判支援者一同
連絡先:高木学校 崎山比早子 (メールアドレス)


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