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低線量被ばくトピックス

2010年04月05日 up

米国で2007年度に行われたCT検査によるがんリスクの増加

 高木学校で医療被ばく問題に取り組むキッカケとなった論文(1)を書いたA.Berrington等が、米国のCT検査による発がん数の予測を行い、2009年12月に発表しました。その概要を以下に紹介しました。CTを使うことによって身体を開かずに内部の詳細な情報が得られ、診断や治療に多大な利益を得ていることに異論はありません。しかし、CT検査では通常の胸部単純撮影の200から400倍の被ばくをします。必要以上の検査が行われ、無駄な検査によってがんになる可能性が生じるとしたら、その検査が受け入れられるでしょうか?

 必要最低限の検査だけ受け、危険を上回る利益をうるにはどうしたらよいのでしょうか?本来ならば以下に紹介する米国での例のように国立医療機関や行政が対策を練るべき問題なのです。それを望めない場合には患者が被ばくのリスクを知って自衛することも場合によっては必要となります。リスクに関する情報は日本ではあまり提供されません.下記論文で著者等は、「詳細な調査によってCT検査が全がんのリスクに大きく寄与していることが明らかになった。リスクを減らす努力が求められる。」と結論しています。


■Projected Cancer Risks from Computed Tomographic Scans Performed in the United States in 2007.(1)
米国で2007年度に行われたCT検査によるがんリスク予測

研究の背景
 米国でのCT検査は1993年から3倍以上も増加し、2007年には年間7000万件に達している。CT検査が医学的には多大な利益があることに疑いはないが、他方被ばくによる発がんのリスクも心配される。CT検査によるリスクに関してはこれまでも多くの発表がある。しかし、検査の部位や検査を受けるときの年齢などによってリスクも変わりうるにもかかわらず、それらを考慮した詳細な研究はない。この論文ではCT検査によって将来がんになるリスクを、検査の行われた年齢別、性別、検査の部位別に推定した。

結果:CT検査回数
 CT検査を受けた回数を年齢別に示すと図1のようになる。検査回数は年をとるほど増加し、45歳で最大になる。ほぼ30%の検査は35から54歳の間に、18%は18から34歳までに、7%は18歳以下で行われる。性別で見ると検査の60%は女性である。
 検査の部位別の年齢分布も図1と同様なパターンを示している。

米国で2007年に実施された性別、年齢別推定CT検査数
図1 米国で2007年に実施された性別、年齢別推定CT検査数

CT検査によるがんリスクの推定:
 検査10,000回あたりのリスクは、どの検査部位をとってみても男女ともに年齢とともに減少するが、検査当たりのリスクは部位によって異なる。胸部と腹部血管造影CT、全身CTは常に高いリスクを伴う。胸の検査では女性の方がリスクが高いが、それは乳房の被ばくが加わるためと肺の感受性が高いためである。

米国で2007年に行われたCT検査による発がん数予測
図2 米国で2007年に行われたCT検査による発がん数予測

 年齢別、性別の年間検査数をまとめた10,000回あたりのリスクを予測すると全体的には2007年のCT検査によって将来約29,000のがんが発生すると推定される。最も多く発がんの原因となるのは腹部と骨盤の検査によるもので14000件、胸部検査では4100件、頭部4000件、胸部CT血管造影では2700件である。予想されるがんの2/3(66%)が女性なのは、胸部検査の場合に乳房が被ばくし、肺の感受性が高いためである。
 図2に示すように、がんの1/3は35歳から54歳までに検査が行われたもので、15%は18歳未満である。
 部位別にがんの発生を見ると、被ばくに関連する発がんで最も多いのは肺がんで6200件、次いで大腸がん3500件と白血病2800件である。リスクが最も高い臓器は被ばく頻度も高い臓器(例えば大腸がんは腹部、骨盤のCT検査であり、肺がんは肺のCT検査による)であるか、放射線感受性が高い(赤色骨髄と白血病のように)ためである。

コメント:
  一般的にいわれている放射線検査の過剰リスクは2000検査(実効線量10mSv、Svあたりのリスクは5%)当たりで1例のがん死亡である。このだいたいの推測に基づくと5700万のCT検査は29,000件のがん死をもたらすことになる。我々の計算によるとCT検査によって29,000の発がんであるから50%の死亡率とすると14,500のがん死となる。

 CT検査のがんリスクは直接調べられたことはないけれど、放射線の発がん性については発がん性物質の中でも最もよく調べられているものである。その上日本の原爆被爆者、核施設の労働者、複数回にわたる診断用放射線検査で数回のCT検査に相当する被ばく(5-10ラド)を受けた患者からの直接の証拠が存在する。CT検査によるリスクを正確に定量するためには、非常に大きな集団を長期にわたって追跡しなければならない。そのため、当面必要なリスク予測を行うために我々は間接的な、モデルを使ったアプローチを行った。そのモデルはいわゆる“しきい値なし直線説”である。これは低線量放射線による過剰がんリスクは線量に直接比例するというものである。この説は長い間国際的な専門家から出された放射線防護勧告の基礎となってきている。この説はDNAの傷の修復は完全なものではないという生物学的な証拠及び上に挙げた疫学的な証拠に基づいているので、これを使ってリスク計算をすることは妥当である。

 それにもかかわらずこれらのリスク推定にはいくつかの不確実性や仮定が含まれていることは否めない。そのため他の仮定や不確実性を加味した場合のリスク推定をまとめて表に示してある。例えば低エネルギーエックス線による被ばくの方が線量あたりの染色体異常の発生、細胞の悪性転換頻度は、日本の被爆者が受けたガンマ線よりも大きいということは実験的には明らかである。しかしこれを人間の発がんについて直接比べた調査はないので、人間に当てはまるかどうかはそれ程明らかではない。もし実験結果が人間に当てはまるのであれば、日本の被爆者からのリスク推定は多分2倍くらい過小評価になる(すなわちリスクは現在の推定の2倍になる)。(その他いろいろの仮定を想定して計算していますが以下は省略、ご関心のある方は原著論文をお読み下さい)。

1. Berrington A.G. et al.  Projected Cancer Risks from Computed Tomograhic Scans Performed in the United States in 2007  Arch Intern Med 169, 2071-2077, 2009.
2.Berrington A.G. & Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimate for the UK and 14 other countries. The Lancet, 363, 345-351, 2004.


【紹介者コメント】

 医療被ばくのリスクをヒロシマ・ナガサキの被爆者のデータから推定することは疑問だとする見解も根強い。その傾向は日本に於いて顕著である。その理由として挙げられている理由はおおよそ3つある。

1,線量率の問題:
 単位時間あたりにどのくらいの放射線を浴びるかを線量率という。ヒロシマ・ナガサキの被爆者は短時間に一度に被爆したので高線量率であり、原子力発電所などの核施設で働く労働者の被ばくは少しずつ長時間にわたるので低線量率被ばくである。医療被ばくの場合、例えば全身CT検査を受ければ高線量率に相当し、毎年胸の単純エックス線検査を長年にわたって受ける場合には低線量率になる。実験的には線量率によって障害の受け方が違うことを示すデータは多く存在している。全体の線量が同じでも何回かに分割して照射するとリスクが低くなるという実験結果がある。そのために国際放射線防護委員会(ICRP)は医療被ばくや核施設労働者の被ばくのリスクを計算する場合にヒロシマ・ナガサキの被爆者の発がんリスクに1/2をかけている。すなわちリスクを半分に見積もっているのである。

 一方低線量率の方が単位線量あたりのリスクが高いことを示す疫学データもある。15カ国の核施設労働者のがん死を調べた結果は、線量あたりのリスクは被爆者のそれの約2倍であった(1)。また、テチャ川 沿岸の住民でも固形がんのリスクはほぼ2倍であり、低線量率であるからといってリスクが被爆者のそれよりも低いということはないと結論している(2、3)。米ソが核兵器開発競争をしていた時代、旧ソ連はマヤーク核施設でプルトニウムを生産していた。その過程ででた大量の放射性廃棄物を住民に知らせることなくテチャ川に流していた。今でもその沿岸には人が住むことが禁止されているくらいに汚染はひどい。この沿岸に1950から1960年に住んだ人々は低線量率で長期間被ばくし、がんが多発している。その調査結果が2005年、2007年に発表されたのである。

 従ってICRPがヒロシマ・ナガサキの被爆者のリスクを半分に見積もっているのが妥当かどうかについては議論がありこれからも続くであろうが、現在は一応1/2の合意が得られているので、それを使って計算することは当面妥当であろう。

2,“しきい値なし直線説(LNT説)“の問題:
 ある線量を境にして、それ以下の線量であれば放射線のリスクはゼロになるとすると、その境界の線量を“しきい値”という。放射線による発がんにはしきい値が見つからないということは、60年以上にわたる被爆者の追跡調査で明らかにされている。
 また、がんは遺伝子の病気であるということに異論を唱える研究者はいないだろう。従ってDNAに傷をつけるものは発がんの原因になり得る。放射線はどんなに少量でもDNAに傷をつけるので、発がんメカニズムから考えると、しきい値は存在しないと考える方が理にかなっている。国際的にも放射線に安全量は存在しないという合意が成り立っており、米英の国立機関の放射線に関するホームページには明確に記載されている。
 発がんが放射線の量に比例して直線的に増加するという、直線説、についてもICRPでは合意されている。Berrington等がリスク推定に使った“しきい値なし直線説“は現在考えられているリスク推定モデルで最良のものであると結論している信頼に足る論文があり(4,5)、これに異を唱えるのであれば、その根拠を示すべきである。

3,線量を加算することについての問題:
 何回もエックス線検査を受けた場合には、それぞれの線量を加算してリスクを推定するのは当然であり、どの放射線リスクを調査した疫学論文のリスク推定でも線量加算をしていないものは存在しない。ヒロシマ・ナガサキの被爆者の白血病などのがん死率は50年以上経っても増え続けている(6,7)ことを考えると、被ばくのリスクが時間とともに消失するものではないことは明らかである。最近医療従事者向けに発行されたハンドブック(8)に「年1回ごとにCTの検査を定期的に受けているような場合には、加算する必要はなく、その日の検査の線量で評価を行えばよいと考えられる」と記載している。どのような“エビデンス”に基づいているのかを示すべきだ。
(崎山比早子)

参考文献:
1)Cardis E. et al. The 15-country collaborative study of cancer risk among radiation workers in the nuclear industry: Estimates of radiation-related cancer risks. Rad. Res. 167, 396-416, 2007.
2)Krestinina L.Y. et al.Protracted radiation exposure and cancer mortality in the Techa river cohort. Rad. Res. 164, 602-611, 2005.
3)Krestinina L.Y. et al. Solid cancer incidence and low-dose-rate radiation exposures in the Techa river cohort:1956-2002. Internal. J. Epidemiology, 36, 1038-1046, 2007.
4)Brenner D.J. et al. Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assessing what we really know. Proc. Natl. Acad. Sci.100, 13761-13766,2003.
5)Little M.P. et al. Risks associated with low doses and low dose rate of ionizing radiation: Why linearity may be (almost) the best we can do. Radiology 251, 6-11,2009.
6)Richardson D. 他。日本人原爆被爆者における電離放射線と白血病死亡率、1950-2000.放影研報告書(RR)2-09,Rad. Res 172, 368-82,2009。
7)LSS における放射線に関連した死亡率予測。調査結果、統計部、放影研RERF update 14,23,2003.
8)『医療従事者のための医療被ばくハンドブックーより良いインフォームド・コンセントのために』日本放射線公衆安全学会編集 文光堂 2008年


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