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高木学校通信 第60号(2009年1月31日 発行)

<目次>


"がん検診"で寿命は延びるか? −早期発見・早期治療というけれど−

新潟大学大学院 予防医療学分野教授 岡田正彦

岡田正彦

§ はじめに

 医療をゼロから再評価しようという取り組みが始まっています。とくに欧米では、大規模、かつ長期間に亘る追跡調査がいろいろ行われ、医療の効果だけでなく、副作用などのマイナス面についても評価がなされています。本稿では、この新しいスタイルの医学研究(大規模臨床試験)がどのようなもので、何がわかってきたのかをまとめてみたいと思います。

§ 医療技術の正しい評価とは

 たとえば、がん検診の場合、以下のような計画のもとに大規模臨床試験が行われています。まず多数のボランティアを募り(通常、数千人)、年齢、性別、検査値、生活習慣などに差が出ないように2つのグループに分けます。その一方には、がん検診を定期的に受けてもらい、他方には何もしないという約束を本人から取り付けます。試験期間が過ぎたのち(5〜10年後)、2つのグループで、どのような差が生じたのかを調べるのですが、このとき、対象となった病気(たとえば肺がん)の発生率や死亡率だけでなく、総死亡(原因を問わず調査期間中に死亡した人の総数)もいっしょにカウントします。
 ここで重要なのは総死亡です。検診が対象とした病気だけ調べても、マイナス面の影響が評価できません。この点は、薬で考えるとわかりやすいかもしれません。どんな薬も副作用があるため、たとえ検査値は改善しても、効きすぎてしまったり、あるいは別の病気が出てしまったりすることがあります。検査も同じです(後述)。ただし副作用は、多様で予期できないものが多く、正確な統計がとれません。そこで「究極の健康指標」として、寿命(その反対が総死亡)を調査対象とするのです。がん検診の効果が大きければ総死亡は減少するでしょうし、副作用のほうが勝されば増えてしまうはずです。
 このように予め計画を定め、原因と結果の関係(因果関係)を明らかにしていく手法を「前向き調査」といいます。

§ 驚きの結果

 がん検診についても、このような手法に従った調査研究が、すでに数多く行われています。とくに肺がん検診、乳がん検診、大腸がん検診などは、どの国でも盛んなため、必然的に調査研究も多くなっています。しかし、どの研究レポートにも共通して報じられていたのは、総死亡まで低下させる効果が認められないという厳然たる事実でした。
 たとえば肺がん検診では、フランスとアメリカで、ほぼ同じ内容の調査研究が同時期に行われ、同じ結果が得られています。つまり、肺がん検診を受けたグループと受けなかったグループを6年間ほど追跡したところ、前者で肺がんによる死亡数も総死亡も、むしろ増えてしまったというのです。わかりやすく言えば、肺がん検診を受けると寿命が縮まってしまう、という驚きの結果です。
 乳がん検診については、マンモグラフィの有効性が調べられていますが、検診を受けたグループと受けなかったグループで、総死亡に差が認められませんでした。肺がんのように、検診を受けることで総死亡が増えてしまうことはありませんでしたが、有効性は認められなかったのです。
 気になるのは、大腸がん検診の結果です。肺がん検診や乳がん検診と異なり、検便が中心で、レントゲン検査は行われていません。それにも拘らず、やはり有効性は認められませんでした(総死亡が低下しない)。

§ 有効性が認められないわけ

 では、なぜがん検診には有効性が認められないのでしょうか。前述の調査を行った研究者たちの考察によれば、1つにはレントゲン検査の影響が考えられるということです。レントゲン線には強い発がん性があるため、繰り返し行われた検査のせいで、新たながんが発生したのではないかというのです。もう1つは、肺がんと診断された人は必ず手術を受けることになるため、患者さんの中には不必要な医療行為で体力や免疫機能を低下させてしまった人がいたのではないかということです。  レントゲン検査を行わない大腸がん検診でも有効性が認められませんでしたが、大勢の人々が要精密検査といわれ、病院でさまざまな検査を受けることになるため、結局は同じことなのです。

§ これからすべきこと

 日本では、前向き調査がほとんど行われておらず、単純な後ろ向き調査(過去のデータで比べる方法)の結果だけで、がん検診の受診が推奨されています。しかし、手抜きの方法で得られたデータでは、有効性を証明したことになりません。諸外国では、生活習慣に関する大規模調査も行われています。その結果から、野菜摂取、禁煙、減塩、運動習慣、肥満解消、大気の清浄化などの努力により80パーセント以上のがんが予防できることがわかってきました。
 今や、無益な(あるいは有害な)がん検診は止めて、真のがん予防に国を挙げて取り組むべきときではないでしょうか。

【参考文献】
@ 岡田正彦『がん検診の大罪』  新潮選書、2008.
A 岡田正彦『がんは8割防げる』  祥伝社新書、2007.

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医療被ばくを減らすために 市民にできること

医療被ばく問題研究グループ 崎山比早子

 日本の医療被ばくが世界一多く、そのために年間約一万人ががんになると計算されるという結果がイギリスの研究者から発表されたのは5年前のことでした。当然一般市民は不安を持ち医療界にはショックが走りました。
 その結果各地で放射線関係者による「安心して放射線検査を受けていただくために」などという啓蒙運動が行われ、今も続いています。これは決して「医療被ばくを低減するためにはどうするか」というあるべき方向性を示すものではありません。ただ、「低線量の放射線にはリスクがないから安心」という科学的根拠に基づかない宣伝にすぎないのです。その上、厚生労働省には、医療被ばくを担当する部署さえありませんから、低減対策の立てようがありません。
 それならば、市民ができることからはじめて行政を動かそうということで、方法を四つ提案しました。これは高木学校でこれまでに実践してきたことです。

1) 医療被ばくの現状を知る

 高木学校が医療被ばく問題に取り組むキッカケとなった上記Berrington AJ 等の論文の紹介です。日本人の医療被ばくは医療先進15カ国中最高で、最低である英国の約7倍と計算されています。

2) 医療被ばくの線量とリスクを知る

 職業被ばくと違い医療被ばくには限度が決められていません。その行為によって患者の受ける利益がリスクよりも大きいという大前提があるからで、これを「正当化」といいます。検査が正当か否かを知るためには、被ばく線量とそれに伴うリスクを知らなければなりません。そのためには「市民版医療被ばく記録手帳」を持って検査のたびに記録して貰うことです。リスクについては米国国立がん研究所のウエッブにあるように「放射線には、がんのリスクがゼロで安全であるという線量は存在しないという合意が国際的に成り立っている」ことを知っておく必要があります。しかし、日本ではこの事実を患者に言うと不安をあおるという理由で知らせようとしていません。

3) 放射線による発がんのメカニズムを知る

 放射線は体の設計図であるDNAに傷をつけます。その傷は間違えて治されることもあり、治し間違いが変異を引き起こします。変異が細胞の増殖を制御している遺伝子に起きると、がんへの一歩を踏み出します。変異は元に戻りませんから放射線障害は蓄積します。

4) 医療政策を知り行政を動かす

 英国が医療被ばく低減に成功したのは、検査毎に線量を記録し報告させる政策の成果でしょう。これにより検査室間の差が縮まり、検査によっては20年前の半分の線量になっています。さらに、医師が放射線検査をするたびに、その検査が必要か、最良の検査方法か等々を自問するように指導しています。日本ではがん検診をはじめとし、その有効性が検証されないまま行われている検査が沢山あります。市民が厚生労働省の「がん検診に関する検討会」の傍聴や議事録を読み、行政に物言う世論を形成してゆくことが重要課題であると思います。

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被ばくが心配な母親の立場から

千賀れい子

 私は、わが子がまだ小さい頃、何回もCT検査をさせています。今思い返しても、全てが必要なCTであったとは到底思えません。私が知らなかったばかりに、という自責の念、わが子はガンになりやすいのかという恐怖…『受ける?受けない?・・』の本との出会いに感謝してなお、鬱々としたものが沈んでいました。本を紹介する選書ボランティアに携わる者として、この本を紹介したい、けれど、私と同じような反応に、どう応えたらいいのだろう。この思いを今回の講座で、お尋ねしてみました。

 崎山先生と岡田先生のお答えは明快でした。「本のなかの資料は、ガンになるリスクが増える、というデータで、ガンになるというデータではない」「私たちの周りにガンになるリスクが増える原因は、無数にある」「今までのことを問うているわけではなく、自分を責める必要は、全くない」。結局、無用なリスクをこれから減らそうではないか、という発想で受け止めればいいことに深く納得しました。過去を心配して生きるのではなく、前を向いて進むのです。

 乳がん撲滅ピンクリボン運動についても、お尋ねしました。崎山先生は、乳がん診断の現場でも、マンモでなく、超音波でいいとする流れであることをおっしゃっていましたが、そのことは、まさしく昨年11月日本外科学会『乳がん最前線』で友人が聞いてきた内容と重なるものでした。

 岡田先生のお話も眼からうろこ! 高木学校市民講座のレベルの高さ、その確かさに初めて触れ、悩みも氷解した帰り道、学んだ私のこれからが、問われていると思いました。



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