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高木学校通信 第63号(2009年7月31日 発行)

<目次>


6月の月例勉強会
網野皓之著『なぜ、村は集団検診をやめたか』を読む

瀬川嘉之

 現在、政府が国策として進めているがん検診は、放射線被ばくによる有害性が懸念される一方、その有効性も疑わしいものです。長野県下伊那郡の泰阜村では見落としの多いがん検診はむしろ有害だとして、1986年から集団検診をやめて、健康のチェックは個人レベルで行うように切り換えてしまいました。その前提として、行政の機構を保健医療福祉一体に統合し、高齢化した地域なので老いや死を肯定する福祉を中心に据えています。

 村の診療所でただ一人の医師としてこの改革を進めた網野皓之氏がその経緯と考え方を一冊の本にまとめています。6月21日の月例勉強会はこの本の読書会を行いました。参加者は11名でした。冒頭、この本の全体構成について、自費出版のせいか、読みやすい編集になっていないとの意見が出ました。私自身も最初は同じような印象を持ちました。しかし、再読してみるとかえって、味わい深いので、目次をここに掲げておきます。以下のように、内容は大きく4つのパートに分かれています。

 まず、村で集団検診における胃がんの見落としとその死亡が3例あったことをきっかけとして、個別に無料で受診できる体制を整えるまでです。

 はじめに
 1.当村の集団検診否定に至る経過

 次に、内外の医学論文をまとめて、疫学の基本的考え方をもとにがん検診や痴呆診断治療に科学的根拠がないとしています。

 2.マス・スクリーニングの問題点
 3.癌の集団検診は社会の役に役に立っているのだろうか
 4.痴呆の早期発見治療に科学的根拠はあるのだろうか

 さらに、地域保健の担い手として期待する保健師に向かって、医学の権威を従順に信奉して住民への健康指導や教育を行うのではなく、地域の集団の現実と個々人の精神身体を見つめることにこそ科学性があると呼びかけています。

 5.保健婦活動と検診問題
 6.サイエンスとしての医学への疑問
 7.科学的と何か

 最後に、マルクス主義的な「住民主体」と、主体的に保健医療に関わるとされる集団検診を結び付ける考え方を徹底的に批判し、援助型、お世話型、北欧的ノーマライゼイション型の看護、福祉の重視を提唱しています。

 8.地域医療の質的転換を
 9.住民主体の保健医療論批判
 10.福祉の理念
 11.集団検診Q&A

 伊那から参加の田中さんが地方ほど注射好きで風邪に点滴を求めるなど医学信仰が根強いと紹介してくださいました。都市部にしても、高齢化していく社会では看護・福祉重視の網野流がますます必要なはずなのに、その道筋はまだ暗がりの中です。

6月月例勉強会  現場の臨床医師でありながら、科学史や科学哲学も援用して論を展開している網野氏は一体どういう人物なんだろうという興味も湧いてきました。網野氏は現在東京の豊島区で開業されているので、直接お会いしてお話をうかがうことにしました。夏の学校では泰阜村も訪問します。今後、通信や市民講座などでみなさんにもご紹介していきますのでご期待ください。

 なお、網野氏からいただいた『なぜ、村は集団検診をやめたか』の残部が高木学校事務局にありますので、お読みなりたい方はご連絡ください。

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早期発見より在宅医療を、医療より福祉の充実を ー 網野皓之医師、語る −

青木智弘

 7月11日、東京都豊島区池袋本町の「本町訪問看護ステーション」に網野皓之医師を訪ねました。地域医療を志した網野先生は1984年から長野県泰阜村の診療所に勤務、訪問看護の充実に力を注ぎ、1989年にがん検診を含むすべての集団検診を廃止しました。1996年からは池袋本町の重光会佐藤医院と併設の福祉施設で、地域の訪問看護の充実に尽力されています。7月11日のインタビューはビデオに収録し、来年1月の市民講座で放映予定です。

 高齢者の入浴サービスを充実させた山村の泰阜村では、1985年の集団検診で胃がんの見落としが明らかになりました。7月の結核検診と胃の集検で「異常なし」と診断された57歳の男性が、8月に血痰、ある医療機関で肺結核と誤診されてしまいます。翌年の3月には胃がんの肺転移だと明らかになりましたが、すでに遅く6月には亡くなってしまいました。調べてみると泰阜村での集団検診では、1984年と1985年にも胃がんの見落としがおきていたのです。

 網野先生が文献調査を行ってみると、胃がんの集団検診のみならず、結核でも集団検診は有効でないことが明らかになりました。胃がんも結核も、検診や医療の進歩ではなく、生活習慣の改善などで罹患や死亡が減っていたのです。そこで泰阜村は1989年、すべての集団検診を廃止し、往診や訪問看護、在宅医療、福祉に力点をおき、医療費の抑制と健康保険料の値下げに成功しました。

 その後、世界では肺がんや大腸がんなどについても集団検診(マス・スクリーニング)の有効性に疑問が出されました。しかし、日本の厚生労働省や医療界の大勢は明確に反論できていません。あらゆる検診・健診、病気の早期発見・早期治療には疑問があると網野先生は考えています。

 早期発見・早期治療は、患者の生活の質(QOL)を考えるには有効ですが、治療や救命の効果は疑問です。発病から3年目に病気が発見され、その後7年間生きた方も、7年目に病気が見つかって3年生きた方も、発病から10年生生存、という点では差がありません(「リード・タイム・バイアス」の問題)。さらに集団検診・公的健診には、症状の軽い人や進行の遅い人ほど見つけやすい、という欠陥もあります。症状が重かったり進行が早い人は、医療機関に行って受診する傾向が強いからです(「レングス・バイアス」の問題)。さらに日本では、施行群と対照群を設定した上での検診・健診の有効性が、大規模な疫学調査によって検証されていないのです。

 検診・健診には、放射線の害ばかりでなく、看過できない身体へのストレスが生じます。病気が見つかった結果、交通事故死や自殺も増えると考えられています。網野先生が考えているように、病気の早期発見・早期治療などの医療より、在宅医療や看護などの福祉に、社会的な資源は費やされるべきではないでしょうか。



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