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高木学校通信 第69号(2010年7月29日 発行)

<目次>


電磁波リスクへの市民の立場からの取り組みとは

上田昌文(NPO法人市民科学研究室・代表)

 私たち市民科学研究室の環境電磁界研究会(以前の名称は「電磁波プロジェクト」)は、1999年に活動をスタートし、東京タワー周辺地域の電磁界強度分布の調査を皮切りに、表にまとめたような活動を展開してきた。日常生活で健康への悪影響が問題視される電磁波は、超低周波磁界(50Hzならびに60Hzの周波数を主とする、電気の使用に伴って発生する電場と磁場のうちの、特に磁場)とマイクロ波(主に放送電波や携帯電話や電子レンジで用いる周波数帯の電波)の2つだが、現在日本や多くの先進国で採用されている規制値は国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)のガイドラインにならったものであり、前者については感電・刺激作用(ビリビリ感)を防止し(電界で4.2〜5kV/m以下、磁界で833mG〜1000mG以下)、後者については加熱作用を一定限度内に収める(放送や携帯電話の電波の周波数帯でおよそ600〜1000μW/cm2以下)ことを目的に作られている。これらの値を超えるような強い電磁波に、日常生活で遭遇することはまずない。もともと電離放射線や紫外線に比べて波自体のエネルギーレベルの極めて低い電磁波が、しかもこの基準値以下の強さにおいて、人の健康にダメージを与えるなどとは考え難いというのが、従来のとらえ方だった。



 しかし実際に、高圧送電線からの超低周波磁場の影響(4mG以上の恒常的曝露)で小児白血病の発症率が2倍程度上がることが疫学調査で確定的となったことや(この関連はWHOによる『環境健康クライテリア238 超低周波磁界』2007では最も確からしい健康影響とみなされている)、携帯電話のヘビーユーザー(累積通話時間1640時間が一つの目安)の間では脳腫瘍の一種である神経膠腫の発症率が1.4〜2倍ほどに上昇していること(最近公表された13カ国共同の最大規模の疫学調査「インターフォン研究」で示唆された結論の一つ)が示すように、「メカニズムはわからないけれど、微弱ではあっても恒常的あるいは頻繁な曝露によって、重篤な疾病が誘発される可能性がある」ことが次第に明確になってきている。

 電磁波のように、至る所で複数の周波数のものを、程度の差はあれ、誰もがそれなりに曝露する因子に対して、100%の確からしさで特定の疾病との因果関係を示すことは相当難しい。基準値を変更するにはそれなりにしっかりした科学的根拠がなければならいないのは当然だが、だからといって「クロだと確実に断定できないものはすべてシロとみなす」という論理がまかり通る時代ではもうないはずだ。残念ながら、生体影響を検討する総務省関連の委員会を構成する専門家たちは、そのほとんどがそもそも“電波や電気でメシを食っている”人たちであり、ごく少数含まれている公衆衛生の専門家も、かたくなに先の旧来の論理にこだわる人が選ばれている(彼らにとってリスクコミュニケーションとは「電磁波問題でいらざる不安を覚える人たちの誤解をとくべく教え諭す」ことを主眼とするらしい)。

 私たちが調査を開始してもっとも驚いたことは、例えば鉄道労働者など特殊な職業人集団を対象に計測したごく少数の例を除いて、一般人を対象とした電磁波曝露の実態調査がほぼまったくなされてこなかったという事実である。東京タワーのような巨大電波塔も過去に旧郵政省関連の研究機関が行った1例(むろん健康影響調査ではなく、電波の強度分布調査)があるだけであり、図書館盗難防止ゲートでの実測例もなく(私たちが測って中央部では基準値の10倍を超えていることを見つけた)、普及がすすんでいるオール電化住宅(当然IHクッキングヒーターが設置されている)での24時間のトータル曝露量も誰も手をつけていなかった(私たちは20名の家庭の主婦の方々にお願いしてデータを収集した)。携帯電話についても同様だ。「熱効果の比吸収率(SAR値)の規制を守って製造しているのだから、電波そのものの強さに関しては何も消費者に教えなくてよい」というのがメーカーの立場なのだろうが、たとえば「電子レンジの筐体から漏れ出てくるマイクロ波と比べて、携帯電話のマイクロ波は強いのか弱いのか」といったことさえ、私たちは知り得ないままなのである(測ってみればわかるが、携帯電磁波の方が電子レンジから漏洩する電磁波より、場合によっては強くなる)。

 携帯基地局設置をめぐって、これまで全国各地で200件近い紛争が起きてきたのも、もとをたどれば、「国の基準を守っているのだから消費者には何も知らせなくてよい(文句を言われる筋合いのものではない)」とするメーカーや事業者の姿勢に行き着く。10年後15年後を考えると、今、携帯電話で当たり前のように長電話をしている子どもたちの中から、働き盛りに脳腫瘍で苦しむようになる者が、相当多数出てくる可能性がある。それを知りながら(「科学的に証明されたわけではない」と言い逃れしながら)無策を決め込むとすれば、それは社会的責任の罪深い放棄と言うべきだろう。驚かれるかもしれないが、先進国において、子どもの携帯電話使用に対して何らかの規制(使用や広告の制限や注意喚起など)を導入するどころか、“携帯天国”の中に子どもたちを放置させているのは、なんと日本だけなのである。皆さんはこの事実をどう考えられるだろうか。

●市民科学研究室「環境電磁界研究会」の活動概要(2001年〜2010年)

◆計測活動、電磁波環境調査
・家電製品からの漏洩電磁波の計測
・東京タワー周辺地域の電磁波強度分布の調査(→論文)
・図書館などの盗難防止装置の電磁波計測(→報告書)
・国立市における携帯電話基地局電磁波計測(→報告書)
・携帯電話に関する大規模アンケート調査(健康影響の項目を含む)(→ウェッブで公開)
・神奈川ネットの方々との共同で平塚市、大和市、海老名市、鎌倉市などで電磁波計測(携帯基地局、高圧線、家電など)

◆電磁波リスクに関する調査研究
・港区における小児白血病死亡者数からみた東京タワーの電磁波リスク(→報告書)
・各国の電磁波健康影響に関する論文や報告書のレビュー
・欧米各国の携帯電話電磁波リスクに関する政策動向の調査
・疫学入門、「リスクコミュニケーションのための科学的証拠のとらえ方」などの講座
・WHOワークショップ「子どもの電磁波感受性」(2004、イスタンブール)への参加
・WHOワークショップ「携帯基地局と無線:被曝と健康」(2005、ジュネーブ)への参加
・ドイツのNPO「エコログ研究所」「ノヴァ研究所」「エコテスト」を取材訪問
・英国のNPO「パワーウォッチ」を取材訪問

◆省庁などを相手にした申し入れ、交渉などの活動
・低周波磁場のリスク対策や盗難防止装置の件で総務省への申し入れ
・携帯電話基地局に関する情報公開請求
・鉄道会社各社に対する携帯電話の電車内使用に関する公開質問状
・「電磁波から健康を守る連絡会議」の世話人の一人として議員、省庁への申し入れ行動

◆学習・普及・支援活動
・妊娠出産支援のウェッブサイト「babycom」との連携による電磁波問題入門の連載web
・東京理科大学「サイエンス夢工房」などでの電磁波計測ブースの出店
・大学の授業内でのワークショップ「携帯電話政策論争!」(東京工業大学、東京電機大学、慶応大学など)
・研究発表&講演
〜市民運動グループの学習会、大学、技術者のフォーラム、医師会、大学など多数
・翻訳、執筆、書籍の発行
『化学物質過敏症CS支援』に「基礎から理解する電磁波の健康影響」を連載中(2010年2月〜)
『消費者リポート』に連載「子どもと携帯電話」(12回、2009年〜2010年)
『科学』にレビュー論文「携帯電話による電磁界が脳神経活動に与える影響」(2010年4月)
『babycomEYE子どもと電磁波』『babycommook1〜4』累計2万部ほどなど多数
・電話やメールでの一般市民からの相談への対応
・「電磁波から健康を守る百万人署名連絡会」世話人の一人として署名活動→9万5041筆を2009年4月に衆参両院議長に提出

※これらの記事・論文・報告・データはほぼすべて市民科学研究室のホームページで公開しています。

市民研・環境電磁界研究会 http://www.shiminkagaku.org/emf.html
環境電磁界研究会ブログ http://blogs.shiminkagaku.org/emf/
市民研アーカイブス: 101. 環境電磁界アーカイブ http://archives.shiminkagaku.org/archives/101/

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市民科学研究室 新居での勉強会

湯浅欽史

 千駄木駅の地上に出てみると、あれっ?と思うほど不忍通が狭い。だから千代田線は、上下線が上下に走ってるんだ、と納得する。東側は谷中で西側は千駄木、古くからの風情を残す町並み。地図に出ている町内会の看板が公園の石塀に架かっていて、やれ安心、見落として団子坂の方へ登ってしまう訪問客が多いとか。古いマンションの一画を占めているのだが、その足元に掘り込んだ洞窟のようなところが、4月に引越した駅2分の市民科学研究室であった。

 近代科学技術が浴びせかけてくる災難に「ちょっと待った!」をかけるNPOの拠点としては、地域も佇まいも申し分ない。リビングの中央に机を3個四角に並べ、PPTの投影機がすでにセットされている。奥にDKがあって、調理実習と昼食用に使われているという。

 休憩を挟む間もないビッシリ3時間の、気安さからポンポンと質問が出て上田昌文さんの早口な弁舌が中断される、目まぐるしくも充実した時間が過ぎてゆく。電磁波問題の草分け(?)となった東京タワー周囲500m約1000点の計測結果は、視界の有無や建物の反射・干渉によって凸凹の分布となる。飯倉交差点に立つ巡査の背中に特異点があるエピソードには、一同笑ってしまった。予防原則にそう欧州基準を支えている“微妙な”疫学文献の解説なども、実証的な現場体験に裏づけられている厚みを感じさせた。

 校長・高木仁三郎の逝去後、上田さんは事務局体制整備に多大な精力を注がれたが2001.1.28「今後を考える集い」で受け入れられるところとはならなかった。土曜講座(2005年より現NPO)での生物学の強みを発揮した活動に専念、電磁波のほか、遺伝子工学・臓器移植、科学コミュニケーション、ナノテクノロジー、子供料理教室など多彩な課題に取り組んでこられた。9年間の時の流れを想うと、電磁波問題もさることながら、溌剌とした上田さんの笑顔に感慨ひとしおであった。(2010.5.2 記)

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健康への影響が・・

田中捷一

 月例勉強会「電磁波問題」に参加した。上田さんの軽快な語り口で3時間があっという間に過ぎてしまった。パスしたスライドもあり、講師としては話し足りない面があったのでは(合間の質問が多すぎて)と思うが、改めて電磁波問題について学んだ。

 やはり健康への影響が気になる。電磁波の健康影響にはがん、腫瘍、白血病などがあげられているが、近年は電磁波過敏症がふえている。がん等については疫学調査や生物実験などで電磁波との関連について研究が多くおこなわれているが、なかなかはっきりとした結果が得られていない。電磁波過敏症は、疲労感、無気力、集中力低下、不眠、頭痛、吐き気、しびれ、鼻血など化学物質過敏症に似た様々な症状がでる。軽い頭痛から精神錯乱により死に至る重症ものも報告されている。電磁波の発生源から遠ざかる、電磁波をシールドする、発生源を撤去することで症状が和らいだり、解消することがわかっている。まだ、診断基準が決まっていない、電磁波との関係が科学的に解明されていないからと、我が国では国や企業そして自治体の多くが電磁波過敏症の存在を認めず、住民との話合いにも応じようとしていない。

 欧州やインドなど海外では、被曝を減らすようにとか、子供に携帯電話を持たせないようにするなど警告や勧告を出しているが、日本では、子供の携帯電話が問題視されるときも健康への影響に触れられことがほとんどない。現に起きている被害の救済や将来への影響の予防といったことがまったく無視されている。「レイト・レッスンズ」の事例にしてはならないと思う。

【注】欧州環境庁編、松崎早苗監訳『レイト・レッスンズ14の事例から学ぶ予防原則』(2005)七つの森書館。環境問題の14の事例から遅ればせながら学んだ12の教訓が書かれている。



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